お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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07/16
『おかわりの法則』で「引き寄せ」は加速する!
       山富浩司

突然ですけど質問です!(笑)
「飲み物をお持ちしました。ゆっくりされてくださいね」
カフェや喫茶店でそう言われたら、あなたはどうされますか?
以前の私は、とことんゆっくりしていました(笑)。
そう、コーヒー一杯で数時間、なんてことはざらにありました。
そのときは「引き寄せ」は、まったく起こっていませんでした。

実は、カフェや喫茶店での過ごし方は、その後の「引き寄せ」に大きな影響があります。
「コーヒー一杯で、何時間もいられてラッキー」
そう思っていると『逆引き寄せ』が起こるのです。
『逆引き寄せ』とは、起こって欲しくない嫌なことが起こってしまう状態です。
それはイヤですよね?
「なんでコーヒー一杯で何時間も過ごすと『逆引き寄せ』になるの?」
そんなお声が聞こえてきました。
お答えしましょう!(笑)
「カフェや喫茶店での過ごし方」と、あなたのセルフイメージは連動しているためです。
以前の私は、コーヒー一杯で、とことんねばっていました。
お腹が減って、隣の人の食事を「おいしそう~」と思いながらも、コーヒーだけで済ませていました。
そのときに、潜在意識ではなにが起こっているのでしょうか?
カフェや喫茶店で、一杯だけで長時間過ごしているときの、潜在意識の中は、こうなっています。頭の中では、
「たった一杯のコーヒーで、こんなにねばれてよかった」
そう思っていたとしても、潜在意識の中では、
「私は他のものを注文するお金の余裕がない」
そう刻み込まれていきます。
「余裕がない」と潜在意識が思うと、「余裕のない現実」が引き寄せられます。
同時に、その人自身のセルフイメージも下がっていきます。
「そんなの、嫌だぁ~!!!」
そんなお声も聞こえてきました(笑)。

では、どうすればいいのでしょうか?
とっても簡単ですけど、効果が抜群。
その後の『引き寄せ力』も圧倒的に増してきます。
それが『おかわりの法則』です。
単純に「おかわりください」
そう言うだけです。
そのときのポイントは『優越感に浸りながら』おかわりすること(笑)。
「引き寄せ」の求心力は感情だからです。
そうすることで、あなたの潜在意識には「私は、お代わりをするお金の余裕がある」と刻みこまれていきます。
「私にはお金の余裕がある」
そう潜在意識に刻みこまれていくと、その後は少しの時間差をおいて『和の引き寄せ®』も加速していきます。
このことは「募金」や「スーパーでの値引き品」を買うときにも、同じシステムが働きます。
『おかわりの法則』は、簡単ですけど、効果大です。
ぜひ試してみてくださいね。

あなたが「今ここにある幸せ」を感じると『和の引き寄せ』も加速していきます。
このこともあなたに多くのものを引き寄せてくれます。
あなたが、思っている何百倍もあなたは素晴らしい存在です。
あなたの可能性は無限大です。
あなたは、もっと幸せになっていいんです!

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07/15
「スカイプ座談会」の感想
       あいかわ ゆき(養成講座5期・6期・7期・8期)

 今日のテーマは、潜在意識でした。たかまる 全 さんがアートセラピーで発見されたご自分の本心についてのご文章が題材として取り上げられ、とっても興味深かったのですが、我が家の猫の王さまトトロがいなくなってしまったことに気を取られて、前半は座談会に集中できずにおりました(汗)。
 二年前に継母を悲しませてしまったときには、女の子の猫がいなくなり、結局帰ってきてくれなかったのですが、今回男の子のトトロがいなくなったのは、どういうことなのだろう。実は、この7月に帰国して父と会うときに、ずっと優しい心でいられるのか不安があると先生にお話ししたところ、
「もしかしたら、ウッキーさんのその心の不安を猫ちゃんが現してくれているのかもしれませんね。いなくなって、何時間くらいになるんですか? お父さんに対する気持ちも解けてきているのだから、きっと大丈夫ですよ」
と澤谷先生にいっていただき、
「ありがとうございました」
と、次の方にバトンタッチした途端に、トトロが帰ってきた奇跡≧▽≦ 
 気づかせていただいたその瞬間に、「よくできました~」と問題を解決してくれる最近の宇宙のスピードには、本当に驚かされます≧▽≦
 苦労してやっと絵本作家になられる方が多い中、たったの四ヶ月であっという間に絵本作家になられた蒲生さんも、本当にすごいですよね‼ ただ、蒲生さんは、昔っから、「自分はこうしたいんだ」という意思がはっきりされていて、現実化のスピードも速かったんだなと、ラスベガスでお仕事されることになった経緯を伺って思いました^^
 天使に対してなら素直な気持ちになれても、生身の人間に対しては、ついいろいろな感情がでてきてしまうというツジさんのご意見にも「うん、うん」と頷きながら、あれ? でも、私の場合、母とこうきのことは、この世で一緒に生きているときから、ふたりのすべてが丸ごと大好きだったことを思い出しました*^^*
 母とこうきに対しては、そんな気持ちになれるのに、父に対してはそうでなかったのは、なぜか?
 座談会では、前世での繋がりとしか思えないといいましたが、そうじゃない。答えはシンプルで、母とこうきが、わたしや周りの人を、丸ごと愛してくれたから♪ それに尽きるのです^^
 父は、子どもの頃の心の傷のために、人と丸ごと愛するのはなかなか難しいようにみえましたが、本当は、父は父のやり方で、母以上に、わたしのことを認め、愛してくれているのです。まさに、今世での一番の恩人なのです≧▽≦
 なので、7月は、思いっきり、父に甘え、盛大に感謝の気持ちを伝えてこようと思います*^^*
 今回の座談会でも、本当に大切なギフトをいただきました♪
 澤谷先生、みなさん、いつもたくさん、本当にどうもありがとうございます‼ 
 明日は、オタワへ出かけるため、参加できませんが、どうか明日も珠玉の時をお過ごしくださいね☆彡

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07/15
見えない世界
       PICO

見えない世界を垣間見たい、というのが多くのひとの願いであるのにもかかわらず、そういうとすぐ怪しいとか胡散臭いと言われてしまうけど……。
そもそも見えない世界の入り口が神仏なわけですよ。

京都のお寺を巡っていると、誰しもが仏像に手を合わせる。
修学旅行の中学生も自然と手を合わせているし、昨日行った京都の東寺、外国の方はわりと少なかった、がそれでも何人かいた外国の方もちゃんと頭を下げていた。
東寺には、大きな大日如来像と薬師如来像が祀ってある。
仏像は偶像だが、そこに頭を下げ、お線香あげ、ろうそくを灯し、静かに目を閉じる。
立ち寄った三十三間堂でも、たくさんの千手観音にみんな静かに心を合わせていた。
なーんだ。みんな目に見えないものを信じてるんじゃん。
誰もがこの巨大な仏像や美しい仏像に、大きなエネルギーを感じているのだ。
見えない世界を総じてスピリチャルだとカテゴリー化して、しかも略して、スピ系とか、あいつはスピだな、とか言われちゃう(笑)。
きっとあまり良い意味ではないんだろうな。

スピリチャルとは、『精神的な』『霊的な』という意味がある。
人はみな精神世界の生き物なのに、なぜ怪しい、胡散臭いというんだろう。
仏像なら大丈夫でゆーほーならあやしい、とな(笑)。
見える人と見えない人がいる。
ただそれだけなのに。
聞こえる人と聞こえない人がいる。
ただそれだけなのに。
感じる人と感じない人がいる。
ただそれだけなのに。
お寺にいけば頭を下げ、神社にいけば頭を下げ、教会にいけば頭を下げ、ちゃんと私たちは、見えないエネルギーに自然と頭を下げているのだ。

だとしたら、本来一番頭を下げなければいけないのは自分自身だ。
頭を下げるとは大事にすると言う事。
自分を敬うと言うことだ。
決して媚びへつらうことではない。
もう自分自身に唾を吐きかけるようなことをしてはいけないのだ。
私だけを大事にしていけばいい。
私だけを大事にしていったら、私だけを愛していったら、必ず人も愛して大事にできるから。
必ずだ!
大丈夫。
大丈夫。
あなたはそれができる人だよ。
自分自身を甘くみてはいけないよ。
すごーい力が秘められている。
そろそろ出そうぜ(笑)。
いつまで隠してるんだ?
金ぴかのあなたへ。

ぴこ
らぶ♡

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07/14
すべてが無である
       桜 美穂(養成講座8期・9期)

禅で言う「無い」は、「あるかないか、という相対的な無」ではない。
それは、記号としての「無い」であるのだそうです。
「何もない」というのは、普通に考えると不足しており、完全でないこと。
虚しく、寂しく、貧しいことですが、禅においては、そうではないというのです。
それは、「無」という名の目に見えない存在が、「在る」ということ。
それも、「何もない」どころか、何の欠けるところもない限りなく完全な存在が果てしなく、無限に満ち満ちている。
そういうことではないのだろうか、と感じるようになりました。

天と地の間の間にあって、私や動植物を存在させ、すべての命を生き生きと燃やしているその、なにものか。
その、なにものかが、何もないかに見える空間にも、満ち満ちている。
空間には、何も見えないけれど、本当には、何もないどころではない。
すべての命の源であり、すべて目に見えるものの源である目に見えることのないなにものかが、果てしなく無限に満ち満ちている。
「すべてがひとつながりである」、とは、すべてが、その無限の「無」より生じた兄弟であり、肉を持ってこの地上に生まれてからもずっとその「無」に一緒に抱かれていると云うことなのかもしれません。
私とあなた、という別々の存在があるのではなく、私の中にあなたがいて、あなたの中に私がいて、私はあなたであり、あなたは私である。
一切の自他の区別も、空間や時間の隔ても無く、永遠の昔から、永遠の未来の果ての果てまで私たちはみな一つであり、分かちようのない存在である、と云うことなのかもしれません。

神道では、みなそれぞれが、同じひとつの御霊から生まれている分御霊であり、みな合わされば、再び元の一つの霊に戻るのだと言われているのと同じではないかと、心が騒ぎます。
そんなことを考え、感じながら自転車通勤をしていると、目の前をふと横切る蝶に、はっとさせられ、道端で風にあおられて、生き物のように飛んで行く一枚の枯葉に、はっとさせられる。
それすらもみな、ひとつながりなのだ。ということに。
いや、それだけではない。
言葉になりませんが、心に迫るものがある。
何か、気付けと言われている。

参加して、八年目になる師匠の養成講座は、ほんものを見ることのできる目を養う場、本質と出会う学びの場でありました。
どこまで奥があるのだろう。
まだ違う、まだ奥があると、どこまで行くのだろうと、底知れなさ、果ての無さを、ずっと感じてきました。
しかし、すべてがひとつながりである。
すべてが「無」である、と言うその一点に来たとき、今までからも、頭では理解していて、言葉でもそう語ってきたそのことが腑に落ちて来た今、師匠から頂いていた宇宙かと思うほど果てしなく、広く感じられてきたその学びが、今、急速にその一点に向って縮まってくる。
すごい勢いで、凝縮してくることを感じます。
八年間先生から伺い続けてきたどのお言葉もみな、その一点から発していたものだから、みな、その一点に戻ることが出来る。
それも、やみくもに縮み、くちゃくちゃになって凝縮されるのではなく、最初から、そうなっていた通りに驚くほど正確に精密にきちんとたたまれた規則正しい美しい形に戻って、ただの一点にするすると収まったような気がします。
折りたたまれた片隅の一点をつまんで引っ張れば、また、無限の世界が延べられ、展開される。
数えきれない無限の、すべての可能性を持った世界がいつでも自由に展開する。
しゅしゅしゅ、と折りたためば、あっという間にまた、微塵の狂いも無い端正な姿のただ一点に戻る。
そして、また別の片隅の一点をつまんで引っ張れば、また、別の無限の世界が延べられ、展開される。
ああ、師匠がいつも指導の時になさっておられたのは、このことなのだ。
いつも語っておられたのは、このことだったのだと感じられてくるものがあるのです。

表現するための便宜上、「美しい形」とか「端正な姿の一点」と書きましたが、実際には目に見える形も無く、「一点」と表現できる大きさも無いのだと思います。
それが、禅で言われるところの「無」であるのでしょうか。
まだうまく語れません。
更に見つめ、更に感じ、更に奥に入ってみます。

ありがとうございました。

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07/14
みたまの師匠の教え
       入江富美子

中山先生からの仕込みの言葉、問答での気づきや、私なりにわかったことを、また同じくみたまの師匠の教えをへそで生きてお役に立ちたい! と思う養成コースのみんなに、わかちあおう! と思い、夜な夜なまとめています。

中山先生特有のみたまのお話を、私なりに伝えたい! と思い、自分なりに書くと、だいたいが、「へそ節」とも言えるなんとも言えない言い回しになるので、聞きたい人以外に伝えるのは、ちょっと、これ、いいのかなぁ~? と、躊躇する時が多々あるのです。

先生に教えていただいた、みたまの世界を私は大好きだけど、おそらく、へそ道受講して下さる人も大好きだけど、そうじゃない方は、言葉に抵抗など、あるんじゃないか? 伝えたいように伝えられるだろうか? などと、言葉の限界も感じ、へんに伝わったらいやだなぁって思ってしまうからです。

だからといって、遠慮して言葉を普通の言葉にして書くと、それも伝わらないので、出し惜しみしているわけではなく、知りたい人に知ってもらえたらいいことにしよう~! と決心し、わかりにくいことも、言葉もそのままに、世界観を大事にしながら、私なりの感じ方や言葉でまとめています。

本当にたくさんの教えを頂いたのですが、記憶と資料がばらばらで、ノートや録音などをコツコツ整理し、いつか、そこだけを、しっかり読みたい人が読めるようなも本ができたらいいなぁとも思っています。

その中のほんの一部ですが、やっぱりしびれて、やっぱり、みなさんに伝えたいって思って、シェアせずにいれない、言葉、教えを紹介しますね。

********

へそ的「喜び」は喜ぶことにはじまる。
喜ぶから、喜べるようになる。
何事もなさないで、喜べるのを待つのではなく、喜ぶ気を養っていく。
生きるのも生きる気が必要。
自己受容も自分を受け入れようという気。
人を信じるのも「人を信じよう」という気。
へそ道は「もとへかえろう、美しいもとへ帰る」という気。
まず、何を喜ぶのかというと、「今あることを喜ぶ」
命の響きが「喜び」であり、「喜び」とは生命の響きだから。
だから「喜び」にチューニングする。
調律していく。

まずは、どの出来事も「良し悪し」にしていることを自覚し、ニュートラルにしていくこと。
その上で、それをどう「喜べるか」を探るのは、自分の内なる振動にチューニングする作業である。
「みたま」は、自分から動く人を使いたい、と願っている。
人に言われて動く人ではなく、自分からみたまどおり生きる! という人を。

そういう人が、
「天のわかれ、神の働きが現れる人である」

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